みなさん、こんにちは。
「ちょっと素敵な人生」運営兼ライターのかっつんです。

今日は私が長年にわたってファンでもあり、
2026年にデビュー50周年を迎える
日本の伝説的ロックバンド『Godiego(ゴダイゴ)』について、その2です。

伝説のロックバンドGodiego(ゴダイゴ)その1|結成前夜〜誕生までの軌跡日本の伝説的ロックバンドGodiego(ゴダイゴ)の誕生秘話を詳しく紹介。1975年の結成前夜までの背景、メンバーの出会い、音楽への情熱とバンド結成に至るドラマを解説します。...

自分たちの音楽を世間に

ボストン近郊の片田舎で
ミッキー吉野とスティーブ・フォックスが語り合った

「東京を拠点とした世界的バンドを作ろう!」

という夢は実現に向けて歩み出しました。

1976年4月にリリースされた
デビューシングル『僕のサラダ・ガール』
(作詞/奈良橋陽子・作曲/タケカワユキヒデ)
カネボウ化粧品のCMソングでもあり、
オリコンチャートで最高位37位を記録するなど、
ロックバンドとしてはまずまずのヒットを記録します。

その後、ミッキー吉野の

“自分たちの音楽をいろいろなかたちでばら撒いていく”

というポリシーのもと
TV、映画、CMなどの音楽制作や
他アーティストのアルバム制作への参加など
活動の幅を広げていきます。

そういった活動の延長上に映画ハウスの音楽制作があります。

これはのちに尾道三部作などが知られる
大林宣彦氏が監督を務めた作品で、
すでにCM業界で実績のあった
同氏の劇場公開用映画初監督作としても知られています。
(映画にはゴダイゴがチョイ役で出演しています)

ただ、この話が進行していく段階で、
メンバーのひとり
ドラムスの浅野良治がグループから離れます。

このため、ミッキーとスティーブは後任のメンバー探しを始めます。

日本からの手紙

ところで、ミッキーとスティーブが
ボストンのローカルバンドで活動中に出逢っていたトミー・スナイダーとは、
二人が日本に帰国して以降は、一度関係が途切れます。

ある日、トミーがふと立ち寄ったカフェで
他の客が“JAPAN”と書かれたエアメールを手にしているのを目にします。

その時、トミーは以前に親交のあった
ミッキーやスティーブのことを思い出し
スティーブ宛に手紙を書きました。

後日、スティーブの元に届いたその手紙は
彼とミッキーにとっては“渡りに船”でした。

ボストン時代にトミーのプレイを見ていた二人は
彼を新メンバーにすることを決め、
アメリカに電話します。

『ゴダイゴのメンバーにならないか?』

丸い一日考え抜いたトミーは
日本へ渡ることを決意。

1977年3月に正式にゴダイゴに新メンバーとして加入。

ここに、本当の意味での『ゴダイゴ』が結集しました。

世界進出の第一歩を

新メンバーで早速最新シングル
『シンフォニカ/ナウ・ユア・デイズ』が同年の5月にリリースされ、
先に書いた映画『ハウス』の音楽制作も行われました。

同時にライブ活動も積極的に行われ、
徐々に世間に『ゴダイゴ』の名前とその音楽が浸透し始めます。

そして2枚目のオリジナルアルバム
『デッド・エンド』を1977年11月にリリース。

このアルバムは
レコーディングに400時間以上をかけた力作で
そのクォリティーの高さから
ファンの間でも高い人気を誇っています。

また、かつて日本テレビで1973年に放映された
『水滸伝』が1977年にイギリスBBCで放映され、
そのテーマ曲
『Water Margin』をゴダイゴが担当(ボーカルはトミー・スナイダー)、
イギリスでもシングルとしてリリースされたこの曲は、
全英チャートの第37位にランクインするという
快挙を成し遂げています。

翌1978年の3月には
ファーストアルバム『新創世記』に収録された
「僕のサラダガール」を「Water Margin」に差し替え、
アルバムタイトルも『Water Margin』として
ヨーロッパ各地でリリースされ、
まさしく世界進出の第一歩を歩み始めています。

危機を乗り越え大ヒット連発

このように、1978年に入っても
グループは精力的に活動を行っています。

まず、1月には、
これまで手がけたCMソングを集めたアルバム
『CMソング・グラフティー』をリリース。

このアルバムは
これまでのアルバムの中で最大のセールスを記録。

また、7月に公開され大ヒットした映画
『キタキツネ物語』の音楽を担当、
サウンドトラックも同月にリリース。

この映画ではタケカワが
初めて日本語の歌詞にチャレンジしています。

この時期は、
少しずつグループの活動が
軌道に乗り始めた頃でもありましたが、
実はグループには危機が訪れます。

1977年の12月に当時所属していた事務所が
海外にある本社の都合により
一方的に閉鎖されるという状況に直面します。

また、グループとしても
映画やCM音楽などの制作を通した実績や
その高いテクニックに業界では評価があったものの
ヒット曲に恵まれていませんでした。

事実、メンバーの間では、
次の曲がヒットしなければ解散するしかない
という空気もあったようです。

そのような中で進められた
「デッド・エンド」に続く、3枚目のアルバム制作。

このアルバムは
西遊記をテーマにすることと決まりました。

そしてタイミングよく、
日本テレビでも俳優の堺正章主演による
西遊記をテーマにしたドラマが制作されることとなり、
3枚目のアルバムは
ゴダイゴのオリジナルアルバムであると同時に
このドラマのサウンドトラックを兼ねるというものになりました。

そして、ここからゴダイゴ伝説が始まります。

まず、ドラマのエンディングに使用された
『ガンダーラ』が先行してシングルカットされると、
これが大ヒット!

その後3枚目のアルバム『西遊記』もリリースされ、
こちらはオリコンチャートの1位にランキングされます。

ミッキー曰く

「勢いをつけるため」

として、ガンダーラのリリース後からわずか2か月後の12月に
『モンキー・マジック』をシングルカット、
こちらも英語詩にも関わらずヒットします。

そしてその勢いは1979年になっても続きます……。

その3に続きます。

今日は、日本の伝説的ロックバンド『Godiego(ゴダイゴ)』のデビューから『西遊記』がリリースされるまでの経緯でした。今日は最後までお読みいただき、ありがとうございます。

では、次回の記事をお楽しみに!

今日もみなさまの人生が素敵でありますように!

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